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とかち農業考 生かす知恵
 大規模化、効率化−十勝は経済性の高い農業の先頭を走る。時代はこれに加え、農薬問題など食の安全に厳しい目を向けた。そこで一服。古くて新しい農家の知恵を探してみた。

 
上 1*炭*畑に交ぜ生育促す*減農薬実現 作物甘く 2008/03/04
上 2*木*防風林で地温保つ*地中の菌類と共生も 2008/03/05
上 3*土*耕さず畑軟らかに*水分保ち 根も伸長 2008/03/06
上 4*命*自然での役割尊重*食害防ぐカラスも 2008/03/07
上 5*月*天のリズムと同調*チーズもおいしく 2008/03/08
 

1*炭*畑に交ぜ生育促す*減農薬実現 作物甘く 2008/03/04
  橋枝さん
  「畑に炭を入れると土が乾燥することもある。それだけは注意しないといけない」と話す橋枝さん(鈴木英乙撮影)

 農業に炭を使う。そんな取り組みを続ける畑作農家がいる。浦幌町の橋枝貞信さん(72)もその一人。畑の一部、約四・六ヘクタールに少しずつ、購入した小さな粉炭を足してタマネギやジャガイモを栽培している。
  「こんな良い物がなんで普及しないのかと思うよ」。笑って話す橋枝さんも最初は疑った。ポットに炭入りの土と普通の土を入れてビートの種をまく。中の様子を見るため「ポットをなんぼ破ったか分からない」という結果は葉の厚み、根張りの良さとも炭入りに軍配が上がった。
  炭入りの畑で橋枝さんが作ったタマネギをもらい、サラダにして食べてみた。口に入れると甘い。何か違うのか。それを確かめたくて、宴会料理と洋食レストランで使うタマネギは秋から春まで全部橋枝さんの畑から、という北海道ホテル(帯広)を訪ねた。
  工藤一幸総料理長が話してくれた。「三十八年間タマネギを使ってきましたが、『あっ、これは』と思い、約七年前から使っています。三十年以上やってきたタ マネギのいため方や煮込み方が、このタマネギには通用しないのです」。ほかのタマネギに比べ繊維質が崩れにくく、辛みが薄いのだそうだ。
  橋枝さんが炭に注目したのは、かれこれ三十年以上前。農薬の健康被害に苦しんだ経験からだという。「体が赤く腫れ、かゆくてかゆくて。これじゃあ体が持たないと思っていた時、農薬を減らせるかもしれないと思い使い始めました」
  実際使ってみて、減農薬が実現でき、そのため自分の体の調子が良くなったという。
  「生活の中で炭の良さを体験してみることから始めれば良いと思うのです。炭を入れてご飯を炊いてみたり、水の中に入れてみたり」。橋枝さんはこう話す。
*土中の微生物を活発化*活用探る池田町
  「これが粉炭(こなずみ)です。最近は木炭を機械で切るから、ひびの入った部分を手作業で切っていた昔に比べ、余計に出るんです」。池田町の炭焼き名人本郷孝雄さん(79)は、両手にすくって見せてくれた。

本郷孝雄さん  
「これが粉炭」と両手ですくう本郷孝雄さん。腹の状態がよくないと、かじることもあるという(中村祐子撮影)  

  「粉炭を農業に使う人は平成になってからはめっきり減りました。炭を焼けば一割くらいが粉炭になりますが、最近はたまるばかりです」。本郷さんが苦笑いして案内してくれた場所には、雪に埋もれた膨大な量の粉炭の山があった。
  道内の炭焼きは一九五七年度をピークに、電気や石油へのエネルギー革命と高度経済成長に伴う労働力の流出が原因で衰退した。十勝支庁によると、管内の木炭 生産量は五七年度の一万二千四百トンが二〇〇六年度は二百九十トン(池田町は百六十五トン)。本郷さんの歩みはそんな時代と重なる。
  このままでは炭焼きの火が消える−。そんな危機感から池田町は昨年十一月、技術伝承目的の炭窯を四基造った。だが、炭を焼けば粉炭が出る。町は次の手を考えた。
  「粉炭を農地で使ってもらえれば、粉炭の需要が生まれるわけだから非常に心強い。地産地消にも循環型社会形成にもなる」(町産業振興課)
  粉炭の農地での有効性を調べようとする町が、理論のかじ取り役を頼んだのが北大の小島康夫准教授だ。研究室を訪ねると炭の電子顕微鏡写真を見せてくれた。
  大小さまざまな穴があるが、電子顕微鏡でも見えない微小な穴に、水分を適度に保つ調湿作用や一部の有害物質を吸着する作用がある。だから、炭は住宅の床下などに使われるわけだが、農業との相性はどうか。
  「炭は万能ではありません。使い方を誤ると失敗します。例えば日光を吸収して熱を持ちやすい。また肥料でもありません」。小島准教授は初めに注意点を挙げながら、説明してくれた。
  「これら大小の穴に空気を抱え込んだ炭が土の中にあれば、これは有機物を分解する好気性微生物にとって住み着きやすい環境です。例えば炭を堆肥(たいひ) と交ぜるのはお奨めできます。炭がアンモニア成分を吸着して悪臭を薄めてくれるし、微生物の働きで腐熟化(有機物の分解発酵)も進むからです」
 しかも、炭の表面にはカリウムやカルシウムなどのアルカリ性の無機物がついている。土は放っておくと次第に酸性化するが、それを中和してくれる作用もある。
 小島准教授によると、最近は家畜の餌に炭を交ぜると、整腸作用が促され家畜が健康になるという報告もある。「炭の可能性は大きい。将来、用途はまだまだ広がると思います」という。
一九四二年(昭和十七年)、池田の本郷さんは、父と兄が体を壊したため十三歳で一家の大黒柱となった。当時、開拓時代を知るおじいさんからこんな話を聞い たという。「大きな木を倒して炭を焼くだろう。そうしたら、ひらけた土地に炭をまいてブタを放したもんだ。ブタは炭のおいしいところを食べながら、鼻で土 をかき回してくれる。ふんを落とし、耕してくれる。それからマメを植えるんだ…」
先人の知恵は科学の目を通しても色あせない。

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2*木*防風林で地温保つ*地中の菌類と共生も 2008/03/05
  矢野邦夫さん
  清水町の矢野邦夫さんが守る、樹齢80年近いカラマツ防風林。矢野さんが両手を広げても抱え切れない(守屋裕之撮影)

 一九五七年、清水町の御影中一年生が書いた作文が当時発行された林業風土記の中に残っている。作文の題名は「風と闘う農民」=概要参照=。
  作文にある五四年(昭和二十九年)の春の嵐は清水町百年史も「(当時の)御影村では役場の屋根が吹き飛び、上羽帯や上旭地区では人家はほとんどが全壊か半壊、被災者は村民の55%」と今に伝える。
  春、十勝は日高山脈から吹き下ろす「日高おろし」に悩まされてきた。そして防風林はその備えとして植えられてきた。
  作文に登場する故矢野喜太治さんの長男邦夫さん(80)は、今も父親が植えた防風林を守っている。「木は絶対大切。それが父親の考えでした。このへんは強 風で畑の土が飛び、空が暗くなることがある。特に昭和二十九年の風はひどかった。近くの農家四軒がこの家に避難しに来たくらいです」と話す。
  明治時代から保護の対象とされてきた幅の広い幹線防風林と違い、農家が畑の境に一、二列植える耕地防風林は、道が奨励規程を定めて費用を補助するようになった一九三三年(昭和八年)以降、十勝でもカラマツを中心に造成が進んだ。
  その耕地防風林は昭和五十年代以降、急速に面積を減らした。
  十勝管内は一九六五年の六千二十七ヘクタールが九五年は千百十二ヘクタール。農業経営の大規模化や大型機械導入のじゃまになったことなどが主な原因とされるが、農家には次のような理由も見過ごせない。
  ▽日陰を作る▽雑草が生える▽虫がわく▽葉や枝が落ちる▽防風林近くの農作物の育ちがとりわけ悪い…
  だが、道立林試(美唄)はそれを上回る効果が防風林にあるという。
  例えば防風林の風下は風が弱く、地表の熱が奪われにくい。この結果、防風林がない場所より日中は地温が最高で二度前後高くなる。同林試の鳥田宏行防災林科 長は昨年十一月、帯広で講演した際、最大三割超の増収効果が望めるという概念図を示し、防風林の必要性を訴えた。効果はまだある。
  ▽土壌浸食を防ぐ▽農地や作物からの水分蒸発を抑える▽砂や粒子を枝葉につけ空気をきれいにする▽景観が保全される▽モモンガなどの通り道や生息場所になる…
  特に風による土壌浸食は意外と大きい。十勝農試の過去のデータによると、防風林がない場所は一年間に十アール当たり十トンの土が飛んでいる。
  ところで、防風林はどうも地表で役立っているだけではないらしい。今、そんな研究が進んでいる。樹木など植物の多くが地下に不思議な世界を作っていることが最近分かってきた。木(植物)は地下で菌類と共生関係を結ぶというのだ。
  農家は豆類と根粒菌による窒素固定(植物の生育に必要な窒素を土壌中に蓄えること)をイメージするだろう。それとは少し違うが、木を含む多くの植物が光合成で蓄えたエネルギーを菌類に供給し、代わりに菌類が土の中から探し出した窒素、リンなどの養分をもらうというのだ。
  「これは今、最先端研究の一つ」と語る帯広畜産大の橋本靖助教は、「防風林の場合、樹木のおかげで根の周りに菌糸が伸び、微生物が増える。生物層の厚みは 病原性微生物の入り込みにくい環境もつくる。木を切ればそうした防風林下の環境は激変する」という。興味を引く報告がある。
  「ハンノキは根に根粒菌を宿し、その働きで窒素を土の中に蓄える」
  「カラマツの根の周囲にも窒素を集める細菌類が住み着くことがある」
  「窒素など植物が必要な養分は菌類を通じて土の中を移動できる」
  こうした報告はまだ、樹木と畑作物の間でどれほど影響し合うかを説明できる段階にない。もしかするとハンノキが、農業に利用できるかもしれない。農業はだから奥深く、可能性に満ちているのではないだろうか。
 半世紀ほど前、冒頭の作文を書いたのは、現在釧路市に住む三東秀夫さん(64)だ。「僕は商店の息子でした。作文は買い物に来た農家の人たちから聞いて書 いたのかもしれません。当時は畑の仕切りに必ず防風林があり、そこを通っていくと農家の人に怒られず、どこへ行くにも近道でした」。三東さんは、失われゆ く原風景の下で眠る両親の墓参に、しばし十勝を訪ねる日がある。
*御影中生の作文「風と闘う農民」*概要
  御影地方(清水町御影地区)は昔から五月になると大風が吹き荒れ、肥料も種も飛ばされるのが通例でした。
  故矢野喜太治さんはカラマツを畑に五十間(約九十メートル)おきに植えました。人々はこれを見て、畑がつぶれた上、木陰ができると笑いました。
  ある年、五月に大風が吹き、農家は種のまき直しで二年分の経費がかかり大弱りでしたが矢野さんの畑ではその心配がなく、今まで笑っていた人たちもカラマツを植えるようになりました。
  昭和二十九年(一九五四年)五月十日の暴風雨で防風林に被害があったことは残念でした。
  今、御影では耕地防風林を持たない農家は一軒もないそうで、喜ばしいことだと思います。

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3*土*耕さず畑軟らかに*水分保ち 根も伸長 2008/03/06
  川平誠さん(36)
  アスパラ畑の雪を掘り起こし、枯れた雑草と土の状況を見せる薮田さん(守屋裕之撮影)

 十勝の畑の土が硬くなっている。大型農機具が畑を往復することで土が踏み固められ、地中に「硬盤層」または「耕盤層」と呼ばれる硬い層ができる仕組みだ。
  「よその農家を手伝ってトラクターから降りたら、うちの畑にはない衝撃で頭にズキンと痛みを感じた。土が硬い証拠でしょう」。帯広市上清川町の四十ヘクタールの畑で小麦やジャガイモなどを作付けする中薮俊秀さん(55)は話す。
  硬盤層があると根の伸長が阻まれ、排水不良にもなる。畑の大規模化に伴い大型農機具を次々と導入してきた管内の農家には深刻な問題だ。
  十勝農試はこれまで管内で、何度か畑の土壌の硬さを調査している。このうち二○○○年から二年間で百四十六地点を調査した結果は、85%の畑に硬盤層が確認され、八三年の調査の33%を大幅に上回った。
  同農試の稲野一郎研究主査は「硬盤層の形成は大きな問題。プラウ耕も原因の一つ」と指摘する。深さ二十−三十センチの土を削って反転させる農機具のプラウは、トラクターを傾けて作業するため片側のタイヤに圧力がかかり、地層を硬くしてしまう。
  中薮さんは二十年以上前から、秋まき小麦の種まき前のプラウ耕を省く「簡易耕」に取り組んでいる。それにより硬盤層形成の進行を防ぐとともに、年一回はサブソイラと呼ばれるつめ型の機械を畑に差し込み、土に穴をあけながら硬盤層をほぐす。
  簡易耕は農作業の省力化にもなる。九月二十日過ぎになる種まきは、台風や大雨が心配される時期。農家は早く種まきを終えたいところだ。同農試によると、地表を引っかくチゼルプラウを使う手法の簡易耕もあり、プラウ耕より二、三倍高い効率で作業日数を短縮できるという。
  「簡易耕は燃料費も削減できる。水を浸透させることになる作物の根の穴も破壊しないし、野良イモ防止にも良い」と中薮さん。収穫しきれずに翌シーズンの農 作業に悪影響を与える野良イモも、プラウ耕だとイモが地中深くに入って越冬してしまうが、簡易耕ではイモが地表にとどまり冬の間に凍結死するという。
  畑を一切耕さない「不耕起栽培」の農家もある。同市愛国町の野菜農家薮田秀行さん(51)のアスパラ畑の雪を掘り返すと、畑を耕していない証拠に、雑草の枯れ草が顔を出す。
  薮田さんは、約二ヘクタールの畑で約百種類の野菜を無農薬、無化学肥料で栽培している。六年前には五アールでアスパラの露地栽培を始めたが、耕したのは一年目だけ。プラウやチゼルプラウなどは一切使わない。
  十勝農業改良普及センターによると、定植後の二年目以降、年一回は除草のために耕すのが普通という。
  薮田さんの畑も当初は、「高さ二メートルのアスパラの茎がどこにあるのか分からない」ほどの雑草に覆われた。ところが雑草の草丈は年々低くなり、今では 一・五メートルほど。雑草の種類も少なくなった。その理由はまだ分からないものの、今は除草のために耕すつもりはないという。
  不耕起栽培では畑の土が軟らかくなる。薮田さんは「夏場の畑は土がふかふかで、手首まで楽に入れることができるよ」と胸を張る。
  耕さずに土が軟らかくなる理由を、帯広畜産大の筒木潔教授(土壌学)は「耕せば逆に、ふかふかになる団粒構造が壊れてしまう」と指摘する。団粒構造では、土の粒子のかたまり(団粒)が集まってすき間ができる。このすき間は、土壌内の水分を保ち根が伸長する場所になる。
  薮田さんは将来、アスパラ以外の畑では馬耕を導入したいと考えている。「化石燃料を使わずに自然に近い農業をしたい。でも不耕起栽培が一番自然に近いよね」
  「農耕」という言葉通り、農業は耕すことで進化してきた。大型化を追い求めた中で、次は耕さないことで土の力を引き出す。

井口さん  
弘前の木村さんのリンゴを使った料理を説明する井口さん=東京・白金台のレストラン  

*不耕起でリンゴ*料理の味好評 酸化しない謎
皮をむいて放置しても、赤茶色に酸化しないリンゴがある。青森県弘前市の木村秋則さん(58)が栽培するリンゴだ。
木村さんは二・四ヘクタールのリンゴ園でジョナゴールドなど六品種をつくる。リンゴづくりでは根の周囲を耕し肥料などを入れる方法があるが、木村さんは耕 さず、化学合成農薬も肥料も使わないため「自然栽培」と呼ばれる。雑草は伸び放題。ただ、六、七トンの大型の農薬噴霧機に土が踏み固められることもないの で、団粒構造があるふかふかの土だ。
東京・白金台のフランス料理店「シェ・イグチ」は、木村さんのリンゴをスープやサラダなどに使う。甘みと香りが強く、多くの客から「今まで食べたことがない味」と絶賛されるという。
オーナーシェフの井口久和さん(59)は、このリンゴと出合った六年前、食べきれなかったリンゴを切ったまま数時間放置した。後で酸化していないことに気が付き、その後も数日間置いておくと、腐るのではなく「色が黒ずみ縮み始め、そのまま枯れていた」という。
木村さんのリンゴを研究している弘前大の杉山修一教授(植物生態学)は「土中の窒素量が関係しているのか。なぜ枯れるだけなのかは、まだ分からない」と話す。

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4*命*自然での役割尊重*食害防ぐカラスも 2008/03/07
  平賀元蔵さん
  「カラスだけでなく、キネズミ(リス)や小鳥のため、冬は畑のすみに農作物を置きます」と話す平賀元蔵さん(鈴木英乙撮影)

 農林水産省の二〇〇六年度統計によると、鳥による農作物被害は全国で六十一億円。最も深刻なのがカラスだ。被害額は三十億円、被害面積は一万七千ヘクタールに上る。
  その嫌われ者のカラスと折り合いを付けた農家がいると聞き、会いに行った。新得町の平賀元蔵(げんぞう)さん(69)だ。
  以前なら何十羽、何百羽とカラスがやってきて種を食べられてしまったという平賀さんの畑が、悩みから解放されたのが七、八年前。一つがいのカラスが敷地の木に巣をかけてからだ。
  「みんなで驚かしたらいかんと、そっとしておいたんです。すると、畑に餌を探しに来るつがいが、畑に来る他のカラスやトンビを追い払ってくれるようになりました」
  縄張りに対する警戒という子育て中のカラスの習性もあるだろうが、平賀さんは「私たちは自然の恵みで農業をさせてもらっている。だから、取り分を分けてやらないとね」と話す。
  カラスはスカベンジャー(掃除屋)として自然界で重要な役割を果たす。それはまた、人間が害獣、害虫と呼ぶほかの生き物たちにも言えることだ。自然の営みの中で無駄な命はない。
  だが、農業が自然界の命を大事にしてきたとは言い難い。生産性向上のため利用しやすい命を選択し、田畑では化学合成農薬を使って、自然をゆがめてきた。
  帯広畜産大の岩佐光啓教授の説明を聞こう。
  「植物(農作物)とそれを食べる虫(害虫)は絶えずせめぎ合いを続けてきた。植物は食べられたくないから防虫成分を作るようになり、害虫はこの防虫成分を 分解する酵素を獲得して生き残ってきた。重要なのはこの酵素が時に農薬すら分解できること。益虫は植物を食べないからこの酵素を持たないのです」
  岩佐教授は「そこに農薬をかけるとどうなるか」と続けた。「最近は特定種だけに効果のある農薬もあるが、一般的に益虫は死に、害虫は抵抗性を持った強い虫が生き残り自然のバランスが悪くなる。どこかで断ち切らないと永遠に農薬を使わざるを得なくなる」
  カラスが掃除屋として重要なように生物にはそれぞれ役割がある。虫を食べるクモもいれば、虫の糞を分解する微生物もいる。今、十勝で裾野を広げつつある有機農業や環境保全型農業は、「安全、安心」の消費者ニーズに応えるばかりでなくゆがんだ自然を取り戻す意味もある。
  カラスのつがいが食べる分を「自然の取り分」と考えることで、結果的に鳥の食害が軽くなったという平賀さんは「人間の心の持ちようで、生き物たちの反応は変わる」と話す。そして、畑の中に入ってくる生物を決して追い払おうとはしない。
*生物多様性の保全を*農水省が戦略策定*生産者に発想転換迫る
  農水省は昨年七月、生物多様性戦略を策定した。生物多様性の保全を重視した一次産業を強力に推進する方向を打ち出す内容で、これが驚くほど農業者に発想の転換を迫っている。
  まず、「農林水産業は生物多様性に立脚した産業であり、農山漁村を維持発展させ、子供たちに確かな日本を残すためにも生物多様性の保全は不可欠」と明言した。つまり、農林水産業にとって迷惑な生物の排除を戒めたことになる。
  しかも、その多様性保全に向けた具体策として、農業は「化学肥料、農薬を使用しないことを基本として、農業生産活動に由来する環境への負荷を大幅に低減する」とうたった。多様な生物をはぐくむ有機農業に農業者が積極的に取り組める条件整備を進める、とも書いている。
  日本農林規格(JAS)の有機JAS認定農業生産者はまだ少ない。十勝支庁によると、管内で認定を受けた生産者は昨年八月現在、十七(グループを含む)で全体の1%にも満たない。
  この戦略をたたき台から議論してきた同省設置の戦略検討会(十三人)は昨年十一月、策定後初の会議を東京・霞ケ関で開いた。委員の一人、宇根豊さん (57)は真っ先にこう発言した。「私はすごく評価している。農業生産は生物多様性に依存して生産できているわけだから、多様性を守らないといけないと明 確に言い切ったのは、やっぱり画期的だ」

宇根豊さん  
「一杯のご飯を食べることはオタマジャクシ35匹の命とつながっている」と説明する宇根豊さん。消費者に実感してもらえる言葉を常に探す  

  宇根さんは水田の減農薬を提唱した元福岡県農業改良普及員。「国民のための百姓学」など多数の著書で知られる。その宇根さんに会うため福岡県二丈町を訪ねた。
  「農業はもともと作る技術でなく、自然からとれる、なる、できる技術でした。だから天地自然に気を配らないといけない。それが戦後の近代化でがたがたに なった。私は就農した約二十年前から自分の田んぼの生物調査を続けています。二百種類ぐらいいるけど、温暖化のせいかどんどん種類が変わっています」
  田畑にはどんな生物がいて何をしているのか。「生物多様性を考えることはそこから始まる」と宇根さんは言う。
  自然を見る目を養うこと。それが、地球温暖化や病害虫発生などの問題を乗り切る力になるはずだ。

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5*月*天のリズムと同調*チーズもおいしく 2008/03/08
  宮嶋望さん
  穴あきチーズの「エメレット」を持つ宮嶋望さん。「月の贈りもの」とも呼んでいる(守屋裕之撮影)

 新得町の農事組合法人共働学舎新得農場の宮嶋望代表(56)は昨年十月、ドイツの田舎町オーベルストドルフにいた。欧州のチーズ生産団体が主催する第五回山のチーズ五輪で、金銀のメダルを獲得した表彰式に臨んでいた。
  金賞の「さくら」は二〇〇四年に続く再受賞で、十勝でもよく見かける製品だ。しかし、銀賞に輝いた「エメレット」の名は聞くことがない。
  宮嶋さんに尋ねると笑顔になった。「実はオープンにしていません。たくさんはできないので、昨年春ごろから限られたレストランなどにお分けしています」
  エメレットは初め、不良品と思われ捨てられていた。大きな穴はないラクレットチーズなのに、なぜか内部にぽこぽこと穴ができる。不思議に思っていた宮嶋さんはある時、気が付いた。穴があくのは周期的じゃないか?
  調べると、製造日(発酵を始める日)が新月から新月後三日ぐらいのものに比較的よく穴ができる。しかもうまい。宮嶋さんは「ある種の微生物が活性化してガ スを出し、穴があく。新月直後は月が(太陽と同じ方向にあり見えない状態の)陰から、陽に向かい始める時。太陽から地球に届くエネルギーが増幅されるので しょう」と考える。
  地球は他の天体から大きな影響を受ける。その筆頭が太陽で、二番目が月だ。月の力を私たちは潮の満ち引きで知る。
  太陽や月などから届くエネルギーや力と連動した農業を探る勉強会が、二月中旬、芽室町の農産物卸売業アグリシステム(伊藤英信社長)で開かれた。管内の農 業者ら約二十人が教材としたのが、オーストリア出身の哲学者ルドルフ・シュタイナー(一八六一−一九二五年)の提唱した「バイオダイナミック農法」だ。
  講師を務めた岩見沢市の農業半浦剛さん(52)は、「農場の動植物が自然のリズムと同調していれば天体から力をもらいやすい」と話す。

新月間近の月  
共働学舎新得農場の堆肥舎と新月間近の月。堆肥舎は新月伐採の木で建てた(鈴木英乙撮影)  

家畜を飼い、堆肥(たいひ)を自給し、果樹や低木を植え、菌類が豊富に生える湿地を造る。このような方法で調和が生まれた農場では、多くの動植物が自然のリズムと同調するという。必要な物資は自前で調達できる。そんな自己完結型農場をシュタイナーは理想とした。
「大切なのは農場内に外から物資を持ち込まないこと。シュタイナーの考え方では、健康な農場は何も持ち込む必要がないのです」(半浦さん)。伊藤社長は今年、関係する農業法人の農地約二十ヘクタールで大豆、小麦、ゴボウなどを同農法で試験栽培するという。
*冬の新月直前に伐採した木*かびず虫付きにくく
月への関心は今、農業よりも林業関係者の間で高まっている。
きっかけは一九九六年、ドイツ語で出版された一冊の本だ。二〇〇三年、日本語に翻訳されたその本のタイトルは「木とつきあう智恵」。
著者でオーストリアの製材業者エルヴィン・トーマさんはこの年、帯広を訪ねて講演した。「木材を伐採する時期は冬。下弦の月から新月にかけての時期がいい。さらに、枝を落とさず自然に乾燥させれば燃えにくく虫も付きにくい」。要約すればトーマさんの話はこうなる。
 自然や福祉などの出版社、地湧社(東京)の増田正雄社長(72)は、この説に驚き、その後、本の翻訳出版を手がけることになる。
 増田さんはまず、国内の古い文献に当たったり、林業や建築関係者約三百人に尋ねてみたが、分かる人がいなかった。「自分で確かめるしかない」と〇一年暮れ、新月直前と満月の日にそれぞれ箱根山麓(さんろく)でミズキの木を伐採して観察した。
 「その時のミズキがこれです」。増田さんは証拠品を見せてくれた。「満月に切った板はかびが生じ、冬の新月直前に切り出した『新月伐採』の木の方はかびない。翌年の梅雨時、誤って両方の板を重ねて放置してしまったのですが、かびは移らなかった。そのぐらい違うんです」

  増田正雄さん
  かびた板とかびていない板を見せる増田正雄さん。これを見る限り、新月伐採の効果は歴然としている)
 

 増田さんは〇四年にNPO法人「新月の木国際協会」を設立、理事長となって情報発信を続けている。「月の力が何かは分からない。しかし、現実に新月伐採の木は他の木と違う。トーマさんの母国オーストリアでは、新月伐採の木の認証制度までできています」
 十勝でもぽつぽつ、新月伐採の木で家が建ち始めた。幕別町の工務店ホームテクト佐藤も昨年、同法人の認証に基づき、帯広市内に一軒の住宅を完成させた。
 その家を家主に見せてもらった。同社の佐藤正幸社長は「まだ建って半年だから分からないが、木の狂いやひび割れが小さいように思います」
*終わりに
 元道副知事の麻田信二酪農学園理事長を昨年末に訪ねた。
 麻田さんは「人類はずっと食べ物を自然の恵みとして得てきた。ところが近年は食べ物を物質として作ってきた。そうしたことへの反省がなければ人類に未来はない」と話す。連載はここから取材を始めた。
 同学園創設者の故黒沢酉蔵氏は著書「健土と健民」で、健康な土が健康な作物を育て、人間を健康にすると説いた。また「農民道」では、その土地、気候風土に合った農業を推奨している。このような視点で十勝の農業を考えるのも大切なことだと思う。

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