北海道新聞帯広支社
Hokkaido shimbun press Obihiro branch

「桜が散る公園で」 荒木 裕子(72)=清水町*大樹教室 2018/06/06

 旅行の準備は簡単だ。病を得てから寒さを気にする夫の厚めの下着と、かさ張らない上着、それに数日分の常備薬。
 でも、たったこれだけなのに何度も点検した。
 初めて長男家族に身を任せての旅は、指示された日時に、一つにまとめたバッグと共に家で迎えを待つだけ。
 福岡で育ってる孫たちに、もうすぐ会える。浮き立つ心の隅に、私たちが行くのは最後かもしれないという思いがあった。でも二人とも口にはしない。
 多くを語らず、若さだけで故郷を捨てるように福岡へ行ってしまった次男だった。
 その数年後、私たちは旅のついでだからと、彼の部屋を訪ねた。エレベーターなしの三階の部屋はスカスカしていた。小さな座テーブルに不似合いなひじ掛けのある椅子は、近くでゴミの日に出されてあったものを運んできたのだという。鴨居(かもい)に吊(つる)されていた洗濯物の端に、当時のダイエーホークスの応援ユニホームが掛けられていた。彼も福岡人になれた。そう確信した。
 それから二十数年、平成の時は流れ飛んで、案じていた子供たちに案じられ楽しませてもらう。気がついたら逆転現象の中にいる。
 林立するビルの隙間に、えくぼのように公園はあった。ベビーカーから放され、はしゃぎ転げる双子たちを、車いすでほくそ笑む夫に桜が散っている。
 来年も、十数年後も、季節が巡れば、ここに桜が舞うのだろう。


 

 

北海道新聞社ページへ
戻る