北海道新聞帯広支社
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「たった一度の合唱練習」 神田 敦子(55)=上士幌町*上士幌会場 2017/12/20

 「何かやってみたい」
 新緑まぶしい初夏、草木が冬のあいだ貯(た)め込んだエネルギーを放出するように、私の心の中にも、モクモクと芽生えるものがあった。そんなとき、ある新聞記事が目に留まる。
 来年の一月、十勝の清水町でベートーベンの第九交響曲の演奏会があり、その中で『歓喜の歌』を歌う合唱団員を募集していた。
 当分、練習は二週間に一度でもよいらしいが、公演間近になれば連日となるだろう。通えるだろうか。心配だったが申し込んでみた。
 八月、初めての練習に参加するため清水町へ向かう。快適なドライブが一転したのは鹿追町へ入る辺りでのこと。オーディオをいじっているうちに、音量が最大から戻らなくなった。とどろく爆音を静めるために、音量レバーを左手で押し続ける。諦めて路肩に駐車すると、目の前にホームセンターが現れた。
 セロハンテープでレバーを固定したらどうだろう。買い物をすませ、車に戻りエンジンをかけると、何事もなかったようにおとなしい。
 やがて文化センターに到着。練習室に入ったら、人数が足りないということでソプラノに振り分けられた。「気合で何とかして」と指導者に励まされたが、あまりにも高いキーに不安が生じる。
 帰路の車内は発声練習の声が響き渡る。外では夏を盛りとモンシロチョウが群れ飛び、車の前をかすめていく。
 あれから三カ月。練習からはすっかり足が遠ざかっている。やはり清水町は遠かった。


 

 

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