北海道新聞帯広支社
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「退職後の日々」 若狭 富美子(60)=芽室町*鹿追会場 2017/05/17

 退職して二週間が過ぎたが、学校のチャイムの音が耳に感じて落ち着かない。退職後は、朝ものんびりできると思っていたが、決まって五時に目が覚める。体に何かメモリーが刻まれているようで、長年の習慣に唖然(あぜん)とする。
 携帯の呼び出しに慌てて耳を傾ける。新卒の彼女からだ。
 「先生、今大丈夫ですか。健康カードはどこに置いてありますか?」
 確か引き継ぎの時に、ここに置いておくねと念を押したように思うが。私も新卒の時は、同じことを何回も聞いたことを思い出した。
 彼女のパニクっているような早口の電話に、今からトムラウシまで車を走らせようかと真剣に思い悩む。
 午前中は、断捨離に精を出す。必要なくなったものが、次から次へと出てくる。探していたものが見つかったり、懐かしい写真が出てきたりと、しばしば中断して過去へタイムスリップする。走馬灯のように色々(いろいろ)な場面が浮かんでくると、なぜか胸がキュンとなる。
 またしても電話の呼び出し音で現実に戻る。今度は彼女ではなく、実家の母だった。
 「昨日雪がすごかったので、どうしているかと思って……。母さん、一つ心配がなくなったの。今まで天気が悪いと、富美子は無事に着いたか、無事に帰ってきたか、心配で心配で」
 母の深い愛に目頭が熱くなる。
 「でも母さん、三年間の通勤は大変だったけど、神々しいトムラウシの景色は、最高の贈り物だったよ」。自然も人もなつかしい。


 

 

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