北海道新聞帯広支社
Hokkaido shimbun press Obihiro branch

「誰か故郷を思わざる」 酒井 恵子(70)=芽室町*芽室会場 2017/01/04

 昨年の台風10号の大雨により、芽室町の上美生地区を流れる美生川の橋が流失。その付近に住む農業、高野さん宅に濁流が押し寄せた。洪水の中にかろうじて残る家の写真と、新聞記事を目にして呆然(ぼうぜん)となった。
 私の実家は、同じ地域の山寄りで農業を営む。被災した高野さんは、実家の西隣りで長いこと酪農業をしていた。大正末期に今は亡き千代之介さんが、20代で茨城県から単身入植。原野を開墾して牧草地を広げたという。60歳を期に長男に経営を任せ、私有林に彫刻の森“高野極楽園”を築いた有名な話も、今は昔。
 高野さんの長男にお嫁さんが来たのは、私が小学生のとき。お義父さんと同郷の茨城の人と聞いた。明るく垢(あか)抜けした感じで、子供の私にも、にっこり挨拶(あいさつ)してくれた。
 「花摘む野辺に日は落ちて、皆で肩を組みながら〜」
 その後、高校生になった私は、ラジオから流れるお嫁さんの名前と、リクエスト曲に寄せる思いを聞いて驚いた。
 「遠い北国に来て数年。厳しい環境に挫(くじ)けそうになると、口ずさんで故郷を偲(しの)びます」
 明るさの陰で、積もる寂しさに耐えていた。思わず涙がこみ上げたことを、今も忘れない。
 私は就職や結婚で家を離れ、高野さんも3代目の息子さんの成人後、今の場所に移った。疎遠になっていたが、先日、偶然お会いした。
 「高台に居たら、災害に遭わなかった…」
 昔、遠い茨城に思いを馳(は)せた人も今は、第2の故郷を懐かしんでいるようであった。


 

 

北海道新聞社ページへ
戻る